うなぎ職人の不足はなぜ深刻化しているのか|後継者難を乗り越える鰻専門店の人材戦略
「次に継いでくれる人間がいない」「求人を出しても応募がない」「ベテランが定年を迎えたあと、技術を引き継げていない」——鰻専門店のオーナーや店長と話すと、こうした声が驚くほど多く聞かれます。
うなぎ料理は、割き・串打ち・蒸し・焼きといった工程に高度な技術と長い習熟期間を要します。その担い手である「うなぎ職人」の不足は、個々の店舗の問題にとどまらず、業界全体の持続可能性に関わる構造的な課題となっています。
本記事では、うなぎ職人不足の現状と背景を丁寧に解説したうえで、鰻専門店が今すぐ着手できる人材確保・技術継承の具体策をご紹介します。後継者難の時代を乗り越えるための経営戦略として、ぜひ参考にしてください。
うなぎ職人不足の現状:業界に広がる危機感
飲食業界全体の人手不足と鰻専門店の事情
日本の飲食業界は慢性的な人手不足に直面しています。厚生労働省の調査によると、飲食店・食堂の有効求人倍率は2024〜2025年にかけて全産業平均を大きく上回る水準で推移しており、求人を出しても採用に至らないケースが多発しています。
こうした状況のなかで、鰻専門店が直面するのは「単なる人手不足」ではなく「技術者の不足」という質的な問題です。ホールスタッフやアルバイトであれば比較的短期間で業務を習得できますが、うなぎを割き、串を打ち、炭火でじっくりと焼き上げる技術は、数ヶ月では身につきません。最低でも3〜5年、熟練と呼ばれるには10年以上の修行が必要とされています。
高齢化が進む職人層
現役の職人の高齢化も深刻です。農林水産省や業界団体の調査をもとにした推計では、鰻専門店で調理を担う職人の平均年齢は50代後半に達しており、60代・70代の職人が現場の中核を担っている店舗も少なくありません。
5〜10年後を見通したとき、今のベテラン職人の多くが引退し、その技術が次世代に伝わっていなければ、店は存続できません。「自分の代でこの店は終わりにする」と決断せざるを得ないオーナーが増えているという現実が、業界の内側から聞こえてきます。
なぜうなぎ職人は不足しているのか:5つの背景
修行期間の長さと若者の離職
うなぎ職人の技術習得には時間がかかります。「割き3年、串打ち3年、焼き一生」という言葉が示す通り、一人前になるまでの道のりは長く険しいものです。
現代の若者は、成長実感を早い段階で得られる職場環境を好む傾向があります。SNS上で成果が可視化されるデジタル職種や、資格取得が明確なキャリアパスと比較したとき、「数年間は一人前と認められない」修行型の職場は敬遠されがちです。入社しても数ヶ月で離職するケースは珍しくなく、採用コストが回収できないまま人材を失う店舗が後を絶ちません。
給与・待遇の問題
技術習得中の若い職人の給与は、一般的な飲食店のアルバイト賃金と比較しても高くはありません。修行期間中の月収が20万円を下回るケースもあり、家賃や生活費を考えると経済的に厳しい状況が続きます。
技術力が上がれば収入も増える可能性はありますが、そこに至るまでの数年間をどう乗り越えるかが、若手にとっての最大のハードルです。給与だけでなく、休日数や勤務時間の面でも、他業種と比較したときの競争力が低くなりやすい構造があります。
業界の先行き不透明感
ニホンウナギ(アンギラ・ジャポニカ)は絶滅危惧種に指定されており、資源の持続可能性に対する懸念が業界内外で高まっています。将来的に仕入れが困難になったり、価格高騰が続いたりすれば、店の経営が立ちいかなくなるリスクもあります。
「将来性のある業界かどうか」という視点で職を選ぶ若者にとって、うなぎ飲食業界の不確実性は、就職を躊躇させる要因のひとつです。業界全体のイメージアップとブランディングが求められているといえます。
閉店・廃業による技術の散逸
後継者不足や高コスト経営に行き詰まり、店を閉める鰻専門店が増えています。店が閉まれば、そこで積み上げてきた技術と知識も失われます。かつてはベテランから若手へと口伝で受け継がれていた技術が、継承の機会ごと消えてしまうのです。
残る店舗は職人を確保するための競争に晒され、優秀な人材が少数の有力店に集中する一方で、中小規模の専門店はますます採用が難しくなるという二極化が進んでいます。
外食産業全体との競争激化
飲食業に入ってくる求職者はひとつの業態だけを目指しているわけではありません。鰻専門店が採用で競うのは、居酒屋・ラーメン店・ファミリーレストランだけでなく、デリバリー専業のクラウドキッチンや食品製造業など、幅広い選択肢です。
週休2日・シフト制・社会保険完備を標準とする他業態と比較したとき、年中無休・長時間勤務・職人気質の職場慣行が残る鰻専門店は、求職者市場での立ち位置が難しくなっています。
職人不足が店舗経営に与える影響
品質の均一化が難しくなる
熟練職人がいなくなると、最も大きな打撃を受けるのは料理の品質です。うなぎの焼き加減はその日の炭の状態・鰻のサイズ・温湿度によって微妙に異なり、長年の経験による感覚的な調整が品質を支えています。
経験の浅い調理スタッフが多い状態では、「いつ来ても同じおいしさ」というリピーターの信頼を維持することが難しくなります。Googleレビューやグルメサイトの評価が下がれば、新規客の来店にも影響が出ます。
営業時間・メニューの縮小
職人不足は直接的に、提供できるメニューや営業時間の制約につながります。「ランチは通常営業できるが、ディナーの予約対応が難しくなった」「コース料理の提供を一時中断した」といった事例は、業界内でも珍しくなくなっています。
売上を確保したくても、つくれる料理・応対できる席数に上限が生じるため、機会損失が生まれます。
オーナー・店長への負荷集中
職人が不足すると、オーナーや店長が調理現場に入らざるを得ないケースが増えます。経営判断・仕入れ管理・スタッフ指導・集客施策に充てるべき時間が、調理作業に費やされることで、本来の「経営者としての業務」が後回しになります。
長期的には、人材投資・設備投資・マーケティングへの取り組みが手薄になり、競合に対して後手に回るリスクが生じます。
職人不足への具体的対策
技術継承の仕組みを意図的につくる
「見て覚えろ」という暗黙知の伝承方法は、今の時代には通用しません。技術を次世代に引き継ぐためには、意図的なプログラムが必要です。
動画マニュアルの整備
割き・串打ち・焼きの工程を動画に記録し、社内の共有フォルダやタブレットでいつでも見返せるようにしましょう。「何ができれば次のステップに進める」という明確な習熟基準を設けることで、若手が自ら進捗を確認できる環境が生まれます。
ペア制度(メンター・メンティー)の導入
ベテラン職人1名と若手スタッフ1名をペアにし、担当工程を一緒に行う体制を整えます。技術の「伝わりやすさ」が高まるだけでなく、若手が「見てもらっている」という安心感を持ちやすく、早期離職の防止にもつながります。
技術習得に連動した給与体系
「○○ができるようになったら月給を○万円上げる」という明示的な技術連動型報酬制度を設けることで、若手のモチベーションを維持しやすくなります。習得基準が曖昧だと、いつまでも「見習い扱い」が続き、不満が蓄積します。
調理補助機器・半自動化設備の活用
職人の技術を完全に機械で代替することは現時点では難しいですが、補助的な機器を活用することで、少ない人員でも一定の品質を維持できる環境をつくることは可能です。
うなぎ割き機
職人の割き作業を補助する専用機器が業務用として普及しています。完全に職人の腕に依存していた作業の一部を機械が担うことで、経験の浅いスタッフでも安定した処理が可能になります。導入コストはかかりますが、人件費の節約と品質の均一化を同時に実現できます。
炭火焼きのタイマー・温度管理システム
炭火の温度と時間管理をデジタルで補助するシステムを導入することで、焼き加減のブレを減らせます。ベテランの「感覚」をデータとして可視化することで、若手スタッフの習熟を後押しします。
特定技能・技能実習制度の活用
2019年に始まった在留資格「特定技能」の制度では、「飲食料品製造業」「外食業」の分野で外国人材の雇用が可能です。一定の日本語能力と技能水準を持つ人材を採用することで、慢性的な人手不足を補える可能性があります。
ただし、うなぎ職人としての高度な技術習得には、特定技能制度でも数年単位の育成が必要です。即戦力として期待するのではなく、長期的な人材育成の一環として位置づけることが大切です。
採用・管理にあたっては、登録支援機関や行政書士などの専門家に相談することをお勧めします。手続きや書類管理の負担が大きいため、最初から伴走してくれる専門家を見つけておくと安心です。
調理師学校・専門学校との連携
地域の調理師学校や専門学校と連携し、インターンシップや実習生の受け入れを行うことで、早期から自店の技術・文化を体験してもらう機会を設けることができます。
学生の段階から「うなぎ職人になりたい」という意欲を持つ人材に出会えれば、卒業後の採用につながる可能性があります。学校側にとっても、実践的な実習機会を提供できることはメリットになるため、協力関係を築きやすい場合があります。
求人票を出すだけでなく、学校の先生や就職担当者と定期的に顔を合わせ、「どんな店か」を知ってもらう努力が、採用につながる近道です。
採用チャネルの多様化
「ハローワークに求人を出している」だけでは、今の採用市場では十分ではありません。以下のチャネルを組み合わせることで、求職者との接点を増やせます。
- 求人サイト(Indeed、タウンワーク、マイナビ飲食店など)
- SNS採用(Instagramで店の雰囲気・職場の様子を発信し、「働きたい」と思わせる)
- リファラル採用(現スタッフからの紹介制度を設け、紹介報奨金を支給)
- 地域コミュニティ・商工会議所(地元のつながりを活用した口コミ採用)
- 飲食業界特化型の転職エージェント(料理人・調理師専門の転職支援サービス)
特にSNSを使った採用広報は、求人票では伝えきれない「職場の空気感」「職人としてのやりがい」を発信できる点で効果的です。店の舞台裏や調理工程を短い動画で紹介するだけで、「ここで働きたい」と思う人の目に止まる機会が生まれます。
職場環境の整備で定着率を上げる
採用した人材が定着しなければ、採用コストは無駄になります。職人不足の根本解決には、採用と同時に「定着」に向けた環境整備が欠かせません。
休日・勤務時間の改善
週休1日・長時間勤務が当たり前だった鰻専門店の労働慣行は、見直しが急務です。勤務シフトを工夫し、月に8〜9日の休日を確保できる体制を目指しましょう。完全週休2日が難しい場合でも、「休日が見通せること」が定着率に大きく影響します。
評価制度の透明化
「なぜ給料が上がらないのか」「どうすれば認められるのか」が不明瞭だと、優秀な人材ほど早く離職します。前述の技術習得連動型の評価基準を整備し、「頑張った結果が処遇に反映される」と実感できる仕組みを整えましょう。
職人としてのやりがい・誇りを伝える
うなぎ職人という仕事の価値を、言語化して伝えることも重要です。「何年も修行してきた技術が、お客様の特別な日を彩る」という誇りや喜びを、オーナー自身が言葉にして伝え続けることが、スタッフのモチベーションを支えます。
職場の一体感・職人としての誇りを育む文化は、採用広報にも好循環を生みます。「この店で働いている人たちが生き生きしている」という印象が、次の採用候補者の心を動かします。
職人不足時代を生き抜く経営の視点
技術に頼りすぎない業態設計も一つの選択肢
うなぎ職人の技術をすべての工程に必要とするフルサービスの業態にこだわらず、一部の工程を外部調達に頼る「ハイブリッド型」の業態設計も現実的な選択肢です。
たとえば、割きと蒸しの工程まで完了した蒲焼き半製品を仕入れ、店内で仕上げ焼きのみを行うスタイルにすることで、高度な技術習得期間を短縮できます。料理の品質を一定水準に保ちながら、人材に依存するリスクを分散させる方法として、中小規模の専門店でも実践例が出てきています。
地域・業界団体との連携
鰻業界の職人不足は、個々の店舗が単独で解決できる問題ではありません。地域の料理組合・商工会議所・鰻専門店の同業者との横のつながりを活かして、人材育成・技術継承に関する情報共有や共同取り組みを検討することも、長期的な課題解決につながります。
業界団体が主催するセミナーや交流会への参加は、最新の採用動向や成功事例を知るだけでなく、同じ悩みを抱える経営者同士の連帯感をつくる機会にもなります。
まとめ:今こそ人材戦略を経営の中心に置く
うなぎ職人の不足は、仕入れコストや集客と並んで、鰻専門店経営の根幹を揺るがす最重要課題のひとつです。しかし、課題の大きさを前にして手をこまねいていると、状況はさらに悪化します。
今日からできることを整理します。
- 技術継承のために動画マニュアルとペア制度を整備する
- 採用チャネルをSNSや調理師学校との連携に広げる
- 技術連動型の評価・給与体系を設計する
- 補助機器の導入で人材依存リスクを分散させる
- 特定技能制度の活用を専門家に相談する
いずれの対策も、即効性があるわけではありません。しかし、今すぐ着手するかどうかが、3年後・5年後の店の姿を大きく変えます。
「職人がいなくなった後にどうするか」ではなく、「職人が育つ環境をいかにして整えるか」——その問いに向き合うことが、次の世代へ鰻文化をつなぐ経営者の責務ではないでしょうか。
ぜひ本記事を参考に、人材戦略の見直しを今日から始めてみてください。
業界の変化を「知る」だけでは、生き残れません
鰻業界は今、複数の構造変化が同時進行しています。養殖技術の進化・フランチャイズの台頭・インバウンド需要の増加・後継者問題——これらの変化を「情報として知っている」個人店オーナーと、「実際に動いて先乗りしている」オーナーの間には、数年後に大きな差が生まれます。
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